音楽は“売るもの”ではなく、“巡らせるもの” 〜魂を響かせる、宇宙のエネルギー循環〜

かつてはCDやレコードを「買う」ことで音楽を聴いていた時代。
今はYouTubeやサブスクで、音楽は“無料”で届くものになりました。
では、音楽に価値はなくなってしまったのでしょうか?
このエッセイでは、「音楽とは何か」を根本から見つめ直しながら、
“与えることから始まる音楽の循環”について綴っていきます。

音楽は本当に“終わった”のか?

「音楽はもうオワコンだ」
そんな言葉を、最近よく耳にします。
実際、CDは売れず、サブスクでは月数百円で音楽が聴き放題。
アーティストに届く報酬は、1再生あたりわずか0.3円未満。
「音楽で食べていくのは難しい」と多くの人が感じていることでしょう。

でも、私は思うのです。
そもそも、音楽は“生きるために絶対必要なもの”ではありません。

水や食料、住まいのように、生存に直結するものではない。
だからこそ――必要のないものなのに、人はそれに心を動かされ、涙を流し、希望を見いだしてしまう。
そこにこそ、音楽の本質があるのではないでしょうか。

“商品”としての音楽は、ほんの一時期だった

かつて道端で楽器を奏でる人に、著作権はありませんでした。
レコードやCDといった“記録媒体”が登場し、音楽が「商品」として成立したのは、ここたった50〜60年ほどのこと。
その短い期間、音楽は「買うもの」になり、アーティストはそれで生計を立てることができた。

でも今、再び音楽は「無料」の時代に戻ろうとしています。
YouTube、Spotify、TikTok、どれも無料で聴ける世界。
つまり、音楽は“商品”というかたちを脱ぎ捨てたとも言えるのです。

“巡らせる”音楽へ――宇宙の法則としての循環

魂を音楽という媒体に乗せて、無料でもいいから発信する。
そのエネルギーが巡り巡って、別のかたちで必ず自分に返ってくる。

それはお金かもしれないし、出会いかもしれないし、人生を変える出来事かもしれません。
音楽とは、“交換”ではなく“循環”。
まるで宇宙の法則のように、エネルギーは「与えた分だけ」ちゃんと返ってくる。
それが音楽の持つ、根源的な力なのではないかと思うのです。

音楽は“終わった”のではなく、“本来の姿”に還ろうとしている

もちろん、生きていくにはお金も必要です。
でも、「音楽で稼ぐ」よりも、「音楽を通して魂を巡らせる」ことを中心に据えた生き方は、
この時代だからこそ、とても自然な形なのかもしれません。

音楽は、“終わった”のではなく、本来の姿に還ろうとしている

これは、これから数回にわたって綴っていく「音と魂のエッセイ」シリーズの第一歩です。
あなたの心にも、小さな共鳴が起こりますように。

有坂尚純(Arly Lucis)
一般社団法人 日本音楽技術協会 代表理事
Mother Earth Project 主宰

次回:Vol.2『魂に触れる音とは何か』(近日公開予定)

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